無宗教葬専門サイト/葬儀の基本セット


間違えだらけの葬式
無宗教葬の背景
無宗教葬のスタイル
仏式との違い
無宗教葬のおまじない


無宗教葬の実例を紹介

無宗教葬のポイント
無宗教葬の実例
無宗教葬の流れ
サービス申し込み方法
無宗教葬の注意点紹介
無宗教葬専門サイト/サービス地域

失敗しない無宗教葬のポイント

無宗教葬の優先順位
参列者の範囲と注意点
香典とお返しの注意点
心温まる葬儀に
葬儀社はサービスで選ぶ

詳しくはこちら
ちょっと得する葬儀の裏技

通夜料理は60%
香典返しは即返し
香典なし、お返しなし
斎場は公営斎場
密葬に偲ぶ会

詳しくはこちら
ちょっと素敵な無宗教葬のつくり方

家族の思い出を形に
ストーリーシートを使う
故人を囲める祭壇に
通夜料理にも個性を
想いを声にだす

詳しくはこちら

みなさまからいただいたご質問にお答えします。

 

「これからの葬儀はどう変わるか」

●質問メール

 日本人は火葬して遺灰をつぼに入れる葬法が一般的なように思いますが世界には鳥葬や洞窟葬、水葬、散骨、さらには宇宙葬や音楽葬など世界にはさまざまな葬送が存在しています。

 とくに鳥葬に関して私はとても残酷に思うのですが、宗教の違いなどからチベットなどではごくあたりまえのように鳥葬がおなわれているようです。
 日本人は火葬して遺灰を埋葬しないといけない、みたいな誤った固定観念をもっているように思います。

 家族葬を提案したのは貴社が初めてですか?
 また、これからの葬送についてどう変わっていくと思いますか?
 もっといろいろな葬送の仕方を提案しようと考えておられるのですか? 

●回答メール

  心配のお気持ちよくわかりますが、いままでの経験では取り立てて問題はありませんでした。
葬式後もお礼のメールや家族葬にしてよかったといった感想をいただいています。
しかし、注意すべき点はいくつかあります。

 さて、お問い合わせの「これからの葬送についてどう変わっていくと思いますか?」という件ですが、むずかしい質問ですね。全体がどう変化していくか判断しようがありませんが、私たちは形式から、これからの送葬を考えようとはしていません。
 ご指摘のように世界には鳥葬や洞窟葬、水葬、散骨、さらには宇宙葬や音楽葬など様々な送葬のスタイルがあります。それらのスタイルには独自の宗教観がその背景にあります。その宗教観、あるいは死生観を抜きにして送葬のスタイルを論じてしまえば、業者のご都合主義に飲み込まれてしまいます。
 例えば、宇宙葬はネーミングはいいですが、遺灰の一部をカプセルにつめ、小型ロケットで大気圏外に打ち上げます。その後、地球の軌道に乗ったカプセルは2〜3年後に引力に引きよせられて、大気圏に突入して燃え尽きます。
 業者は「死んだら星になる」と旨いことを言っていますが、遺灰は星になるのではなく、燃え尽きるだけです。これをわたしは二度焼きと呼んでいます。
 そこまでして遺灰を完全消却する必要性があるのか、ないのか私にはわかりません。ただ、ビジネスとしてはおもしろいとおもいます。
 また、鳥葬は、日本人の国民性からすると残酷ですが、「魂が抜けた肉体は不要なもの、だから施しをしたほうがよい」というチベット仏教の考えに基づいています。逆にユダヤ教やカトリック教、イスラム教の熱心な信者からすれば、日本人が肉体を焼くことは、地獄に落とすようなもので残酷な行為に映るでしょう。
 肉体と魂の捉え方は、宗教観や死生観によってさまざまです。
 
 私たちはこれからの送葬を考えるとき、このようや宗教観や死生観をじっくり探るべきだろうと思っています。
 ただ、現在行われている形式的な葬儀の部分は、今からでも改善すべきだとおもっています。
 現代の葬儀は、葬儀・告別式と通夜が逆転しています。一般の会葬者は、午前中の葬儀・告別式に参列するより、夜の通夜に参加する方が増えています。しかし、本来、通夜は家族、親族が最後の別れを充分にし、心の整理をする貴重な時間です。それが、通夜の会葬者の接待に追われるようになってしまいました。
 これは、会葬者も義理で参加する意識が強いので、都合のいい夜の通夜で義理を果たすようになったからでしょう。
 私たちは、義理は否定しませんが、通夜ぐらいは家族と故人との別れの時間をゆっくり取ってあげるべきだとおもっています。
 このために、家族葬であることを告げ、会葬者には香典をいただかず、そのかわり通夜ぶるまい(飲食)もせず、香典返しもしませんが、失礼のないように会葬礼状と会葬お礼品をお渡しするようにすすめています。
 これだけでも残された家族は、気兼ねなく故人とお別れをするゆとりがもてます。
同じ時間を二度と持つことはできませんから、この時間をたいせつにしてあげたいと思っています。これが私たちの考える「家族葬」です。


 最後になりますが、「これからの送葬」とまではいきませんが、いくつかの実践は試みています。
 その一つが、「納棺の儀」です。先ほども言いましたが、宗教観や死生観をさぐりながら、私たち独自の「納棺の儀」を実践しています。一般的には、旅装束または死に装束をお着せするものですが、私たちは通夜、葬儀にも劣らないほど大切な儀式がこの「納棺の儀」だと心得ています。
 他の葬儀社では旅支度の簡単な説明をして15分ぐらいで終わりますが、なぜ旅支度をしなければいけないのか、という疑問には応えてくれませんし、その作法の理由も「しきたりですから」とにげられてしまします。実際は、仏教と儒教と習俗がごちゃごちゃになったものですが、私達はこの納棺を旅支度の説明から、本来の考えに基づいて1時間ぐらいかけて行います。
 本来の考え方というのは、仏教が552年(538年説も)に日本に入る以前からの日本人の死生観にもとづいた「あの世とこの世」の考え方です。
 といって私達は新興宗教ではありませんよ。しかし、納棺の儀式をするというのは、少なくともなんらかの死生観を観念していなければ、あまりにも形式な行為になってしまいます。
 今の仏教が葬式仏教だと揶揄されるのは、言葉ではあの世だとか極楽浄土だとか云いながら、そういっている坊さんがあの世も浄土の世界も信じていなくて、この世の享楽だけを欲しているからでしょう。


 わたしにも果たして「あの世」が実在するのかよくわかりませんが、少なくとも日本人の祖先が心から信じていた「あの世」との関わりを持って生まれてきた思想、その一つは「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」自然も人も動物も皆等しく仏性があり、成仏できるという日本の仏教の根本的な考え、あるいは「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」に描かれた大自然にたいする畏怖の念と身近な八百万の神々に対する自然への感謝の気持ちは、科学万能・人間優位で自然を破壊しつくしてきた合理主義よりもはるかに優れているように感じます。


 きっと人は幸せになれる、この世でだめでも「あの世」ではきっと幸せになれる。そんな日本人の死生観を観念しながら、故人を送りたいと心がけています。
 全部のご質問には応えられませんでしたが、長くなりましたので、取り合えずお許しを請いたいと思います。また、質問してください。

 

なんでもQ&Aに戻る 次の記事

 

 

無宗教葬・基本セット料金 無宗教葬・オプション料金

無宗教葬・実際の料金例

緊急の場合は24時間365日受付の 0120-840-718までご連絡下さい。
無宗教葬・家族葬ネット サポートセンター

TOPに戻る 祭壇例 料金 Q&A 問い合わせ