田園調布からの電話だった。そう、あの高級住宅街だ。
僕はちょっと二日酔い気味だった。車の中で何度もペットボトルを開けた。
故人は静かにベットに横たわっていた。端正な顔立ちの仏様だった。まだ生きているような、ただ寝ているようなきれいな顔立ちだった。
いつものように枕飾りを整えた。ロウソクの光と、線香のけむり、鈴の響きは、僕の脳を覚ましてくれる。
どの葬儀も同じ葬儀はない。当たり前だけど、だから、いつも、その家族の要望を聞きながら、どんな葬儀をするかをきめるのが、わたしたちの家族葬だ。
通夜開式30分前まで、家族同志で土砂降り雨のなかで喧嘩をしていたご家族もいた。息子さんと親父さんの宗教的な見解が違い、両者から両者を説得するように頼まれたこともあった。
先週は、7才の子供さんを残された、若いお母さんが亡くなられた。葬儀の最中もお母さんが亡くなられたことが認識できない、わかっていたかもしれないがどう心の中で整理していいかわからない、幼いお子さんがご遺体の上ではしゃいでいたのが印象的だった。
電話をかけてこられたのは、亡くなられたお母さんの娘さんだった。でも、家族葬ネットを指名していただいたのは、娘さんのご主人が家族葬ネットのインターネットを見られて、選んでいただいたようだ。
親族、親戚だけで葬儀をしたい。ゆっくり看取ってあげたい。でも、おばあちゃんの遺言で料理はたくさん振る舞ってほしいとのことだった。亡くなる最後まで気を使ってしまう、そんなお母様だったようだ。
娘さんのご主人は、義理の息子さんになるわけだけど、奥さんの要望を「君が望むようにしていいんだよ」というような態度で温かく見つめておらてた。
納棺式には、遠方からかけつけてこられた親戚の方も含めて、20名近い親族の方が参加された。旅支度をなぜするのか、そのいわれを説明しながら、一つ一つみなさんの手で旅支度を整えていただいた。
最後にご遺体を柩に入れるときに、二人の幼いお孫さんが泣きじゃくった。無性に涙が出てきて、止まらないようすだった。幼い文字で書き記した手紙をお孫さんがそっと柩の中にいれた。
祭壇は、春の季節を感じさせる色とりどりの花であふれ、華やかな生花祭壇が白い柩を囲っていた。
当初予想していたより、会葬者が多くなると云う連絡があったので、受付には通常の2倍の4名の女性スタッフがあたった。
通夜式も無事に終え、お清めの席もなごやかに終えることが出来た。ご主人が斎場にもどられた。「料理もおいしかったですよ。あれだけの料理なら安いですよね」といいながら、持ってこられたギターケースからギターを取り出した。柩にむかって「おかあさん、最後の曲になるけど引いてあげるね」。
チューニングをしている間に奥さんと子供たちも寄ってこられた。「おとうさん、きょうはどんな曲を弾くの」とお子さんがいった。「なんにしようかな」とおとうさん。
チューニングを終えて、祭壇のまえに座り、やわらかいギターの音色にあわせて、ご主人が歌いはじめた。
母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登るたび いつもため息をついた
ため息つけば それで済む
後ろだけは見ちゃだめと
笑ってた白い手は とてもやわらかだった
運がいいとか 悪いとか
人はときどき 口にするけど
そういうことって たしかにあると
あなたを見てて そう思う
忍ぶ 不忍(しのばず) 無縁坂
かみしめるような
ささやかな 僕の母の人生
さだまさし氏の「無縁坂」。この他にも何曲か弾かれていたが、家族だけにしてあげたかったので斎場の扉をそっと閉め、わたしたちは外に出た。義母に対して、心をこめて歌をささげる、やさしい方だと思った。後日奥さんから聞いた話だが、おかあさんが亡くなられる前日まで毎日、ギターを聞かせていたそうだ。
すてきなご家族に触れると、この仕事をしていて本当によかったと思う。残念ながら、斎場の閉館の時間がせまり、係りのひとが苦情を言いに来る。「すいません。もう少し待っていてくれませんか」と係りの人に交渉する。ロビーの電源が落とされる。「もういいですよ。充分に弾いたから」とご主人。
斎場をでるとき、もうだれも残っていなかった。もう少し、おかあさんといっしょにいさせてあげたかった。
後日集金のおり、「主人も家族葬ネットに頼んで良かったと申しておりました。祭壇の花もきれいで、親戚の方々にも評判が良かったですよ。」と奥さん。「なにかスタッフに落ち度や、ご不満はありませんでしたか。今後の参考のためにお聞かせいただければとおもいますが」。「いいえ、スタッフの人たちにも親切にしていただいて、本当にゆっくりと式ができたので感謝しています」と奥さんにお礼をいわれる。
今回は家族葬といっても一般の葬儀とかわりない規模でしたが、そのなかでも、ほんの少しだけだったけど家族だけの落ち着いた一時をつくることができた。いろいろな条件の制約があるけど、この一時を今後も大切にしたいと思った。 |