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  「仏教」は無くなっても「葬式仏教」は無くならない
 
 最近、無宗教葬が増えてきた背景にいくつかの理由があると思いますが、その大きな理由に「葬式仏教」にあぐらをかいてしまっているお坊さんの存在をあげなければなりません。
 「仏教は無くなっても、葬式仏教は無くならない」。この言葉は、あるお坊さんが自慢げに言っていた言葉です。そのお坊さん曰く「日本には有名、無名のお寺は無数にあるが、仏教の教えは庶民から見放されてしまった。しかし、葬儀だけは、坊主抜きには上げられない」と。
 確かに、あの難解なお経は素人にはまねできない。難解だからこそ価値があると誰かが言っていましたが、一つの真理かもしれません。「馬の耳に念仏」は、いくら立派なことを説き聞かせても、何の効果もないたとえですが、意味がないのは馬ばかりではないようです。
 ご年輩の方で「今日のお経は良かった」などと評価する人がいますが、これはお経の意味を指しているのではなく、声明(響く声と旋律)を言っているようです。
 もともとお経は、お釈迦さまの教えを古代インド語のサンスクリット語に書かきしるし、それを中国語に漢訳したものを日本で音読みしています。漢文が苦手な現代人にとっては、訓読みして意味をくみ取った方がいいのでしょうが、葬儀となるとやはり音読みで響きとか旋律を大切にして宗教的な雰囲気を盛り上げます。
 しかし、僧侶に葬儀をあげてもらうのは、お経の難解さ故ではなく、我々のような俗人としての生活を捨て、日々、生と死の真理を追究しているお坊さんの姿を思い浮かべ、その僧侶のお力を借りて故人を極楽浄土へ送ってもらうためではなかったでしょうか。
 果たして、「葬式仏教」は無くならないのでしょうか。
数年で消えた「神前結婚式」
 結婚総合情報月刊誌「ゼクシィ」がリクルート社から1993年に創刊され、その後次々と地域版が発刊されました。2000年に北陸/長野/新潟/四国版が創刊されて、ほぼ全国をシェアに納めた頃、「神前結婚式」は式場からその姿を消しました。若者たちはチャペルで結婚式をあげるようになったのです。あっという間でした。
 そもそも、「神前結婚式」は、明治維新から始まった国家神道形成のなかで生まれた新しい様式です。それまで庶民の結婚式は、村の長が仕切る祝い事で人前結婚式に近いものだったそうです。
 この明治生まれの「神前結婚式」は全国に広まることになり、戦後も続く大ヒット商品になりました。そして時代は豊かになり、「神前結婚式」の式場も互助会の会館に移り、披露宴も豪華になり、さらに格式をあげてホテルでの結婚式へと発展しました。
 しかし、ここ数年「ゼクシィ」がブライダル産業の広告誌として広まるや、結婚式はチャペルへと移り、「神前結婚式」は少数派になりました。今ではチャペルの無いホテルは、結婚式の予約を取れない状態にまでなっています。
「葬式仏教」も「神前結婚式」の二の舞か
 肉を喰らい、酒をあおり、色街に徘徊し、高級外車を乗り回すお坊さんの噂を良く耳にしても、清貧にあまんじ、生と死の真理を追究している僧侶の姿を思い浮かべる庶民はどのくらいいるのでしょうか。悲観的です。
 決して仏教を否定的には考えてはいません。むしろ21世紀には必要な宗教だと思いはせています。それだからこそ、あえて苦言を言えば「仏教は必要だが、今のままでは葬式仏教は消えていく」と。
 なぜなら、仏教の評価はその思想にありますが、葬式仏教の評価はお坊さんにあります。魅力あるお坊さんはどのくらいいるのでしょうか。力を借りたいと思わせるお坊さんをご存じですか。その前に日頃からお坊さんは身近にいるのでしょうか。「しきたり」という壁が取り払われたとき、「神前結婚式」の二の舞になりはしませんか。
 一冊の「ゼクシィ」が「神前結婚式」を角に追いやったように、一冊の雑誌が「葬式仏教」の終わりを早めるかも知れません。
白木祭壇は戦後のヒット商品
 仏式葬儀によく使われている白木の祭壇は昭和初期に考案され、昭和30年代に普及しました。
 これは、戦後都市化がすすみ、葬儀のメインイベントであった野辺送りが「霊柩車」の普及で姿を消すなか、野辺送りのときに使っていた棺桶(座棺)を入れた御輿の車からヒントを得て、祭壇用に加工したのがはじまりのようです。
  葬儀社にとっては使いまわしのきく白木祭壇はありがたい葬儀用具となり、ヒット商品として戦後いっきに普及しました。つまり、仏教とはあまり関係のない用具が、いつのまにか葬儀の中心を占め、遺族は昔からあるありがたい宗教用具と錯覚して、高い料金を支払ってきたのです。はっきり言って、宗教的には関係有りません
しきたりの壁を越えれば無宗教葬
 立派なお寺は町にあっても、立派なお坊さんは身近にいない。あとは「しきたり」の壁を越えれば、無宗教葬しか残っていない。それほど、お坊さんに対する評価と期待は低いのです。
 だからといって無宗教葬を望む人は、無神論者とは限りません。日本人は本来、多神論者が多いのです。良いものは、素直に受け入れるのが日本人の気質なのではないでしょうか。
 「葬式仏教」への批判に対して、若い僧侶の人たちが勉強会を開いて真剣に議論をしていることを知っています。わたしたちも若い僧侶の人たちと議論を交わせています。
 しかし、教団仏教の壁は厚いようです。信頼でき、魅力あるお坊さんが身近にいないかぎり、葬儀はますます無宗教になっていくでしょう。
     

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